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本との付き合い方が変わるかも?「図書館が教えてくれた発想法」 高田高史 [肩の力を抜いて読書したいときに]

図書館が教えてくれた発想法.jpg
「図書館が教えてくれた発想法」 高田高史 柏書房 2007年

いつもお世話になっている図書館だが、タイトルだけを図書館蔵書のHPで見て
「どんな本なんだろう?」と思っていた。
実際手にしてみると、タイトルと簡単な本の紹介だけで考えていたハウ・ツーもののイメージはなく、
もっとぐいぐいと読者を引っ張っていく面白さのある本だった。

タイトルにあるように、「図書館を使った発想法」あるいは「図書館の資料を使った
発想法」というようなものを私たちにソフトに教えてくれる内容なのだが、
まったく堅苦しいところがない。

初めてアルバイトとして図書館を内側から見ることになった「彩乃ちゃん」に、
その指導係のような存在である中堅の司書「伊予さん」が図書館ワールドについて
仕事の合間に少し時間を取ってレクチャーしていくような体裁で話は進んでいく。

図書館ってどんな風に本が並んでいるの?ということから、
何か調べたいことがあるときにどんな風に探していけばいいの?とつながり、
最後はいわゆるレファレンス、図書館の質問・調査に関することや解決方法について・・・
と階段を上がるように読み進めていける。

図書館に行っても好きな小説や同じコーナーばかり見ていたのでは
宝の持ち腐れになってしまう、もっといろんなコーナーに足を運ぼう、という気になる。
更に、何か調べることがあったとき、ネットにばかり頼るのではなく、
もっと深く、確実な情報を得るために図書館を活用しない手はないな、という
考えも浮かんでくる。

また、図書館と限らず、物を考えたり、調べたりすることの筋道やシステムとして、
こういう方法があるのか!と感心する点も多々ある。

かなり読みやすい内容になっているし、イラストも楽しい。
また、架空の図書館である「市立あかね図書館」の面々もいかにも居そうな
図書館職員たちだし、主人公の小さな秘密も最後にはわかる、という
物語性もこの作品のいい味付けになっている。

著者は県立図書館の職員であり、そのあたりにも具体的な事例が用いられている
ヒントがあるのだろう。

図書館に興味のある方、調べ物に苦労している方(お子さんの宿題の手伝いを含め)、
司書に興味のある若い方、そして本を愛する方、だれが読んでも得るものがあり、
楽しめる内容である。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。


図書館が教えてくれた発想法

図書館が教えてくれた発想法

  • 作者: 高田 高史
  • 出版社/メーカー: 柏書房
  • 発売日: 2007/12
  • メディア: 単行本



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豪華作家の共演を楽しもう!「小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所」大沢在昌ほか [肩の力を抜いて読書したいときに]

こちかめ.jpg
「小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所」
 大沢在昌、石田衣良、今野敏、柴田よしき、京極夏彦、逢坂剛、東野圭吾
 秋本治原作 日本推理作家協会監修 集英社 2007年

おなじみ、漫画「こち亀」をベースにした
日本推理協会メンバーの精鋭による短編集である。

普段からなじみの作家が多いのだが、
まさか新宿鮫こと鮫島警部と両さんの共演?が実現するとは思わなかった。

トップバッターの大沢氏のたくみな絡みからして引き込まれ、
今をときめく石田衣良も惜しみなく「池袋ウエストゲートパーク」のマコトを登場させ、
妙な格好の両さんと協力して・・・などとこれはもう
ミステリー&コミックファンにはたまらない。

さらに、それぞれの作家が「こち亀」ワールドというハチャメチャの
楽しい世界に得意技を駆使して、新たな味付けをしていく。

そして、逢坂剛のこれでもか!という警察ドタバタコメディの後、
トリはまさに、今旬の東野圭吾がヒットを飛ばしながら
なかなか賞がとれなかった自分の思いを笑いに変えて、
乱歩賞に両さんがトライする、という奇想天外なストーリーを展開、
スッキリと締めている。

あとがきで大沢氏が推理小説という分野で「こち亀」の世界を描く、という
制約を与えられた「お遊び」だからこそ、作者は真剣だ、と述べている。

さらに、その作品がミステリー作家仲間と並べられるわけだから、
これは手を抜くわけにはいかないのだろう。

この企画は、「こち亀」の少年ジャンプ掲載30周年、
日本推理作家協会設立60周年を記念してのものである。
さらに、初出は創刊40周年という週間プレイボーイに
2006年秋から連載されたものを加筆・修正してまとめた短編集である。

この大人の遊び心に満ちた世界で、ぜひ日頃のストレスを発散したいものである。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

小説こちら葛飾区亀有公園前派出所

小説こちら葛飾区亀有公園前派出所

  • 作者: 大沢 在昌
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2007/05/24
  • メディア: 単行本



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群ようこ恐るべし・・「ぢぞうはみんな知っている」 [肩の力を抜いて読書したいときに]

「ぢぞうはみんな知っている」 群ようこ 新潮文庫 2006年

こんなに笑い転げたのは久しぶりだ。
一方、こんなことまで書いて大丈夫なのか・・・と著者の周辺をふと心配してしまう。

まあ、そんな風にかきっぷりの良いエッセイ集である。

そんな笑いの中にも、一本通っているテーマがある。
一言で言えば、「老い」だ。
老いる、ということについての様々な感慨が語られているものが多い。

人間のそればかりでなく、時にそれは猫であったりするのだが、
そこには人間にも通ずるところがある。

それにしても、まあよくもここまで私生活をあけっぴろげに・・・と
再び心配してしまうのだが、もう何も失うものは既になかったりして、と
考え直してみる。

とにかく、ある年齢を超えた女性ほど肝が据わった生き物はいないのかも
しれない。

まあ、まずは笑いたい方、特に女性の方は共感できる部分もあるかも?しれないので
ご一読を。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

ぢぞうはみんな知っている (新潮文庫)

ぢぞうはみんな知っている (新潮文庫)

  • 作者: 群 ようこ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/05
  • メディア: 文庫


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懐かしい?新しい? 「アッコちゃんの時代」 林真理子 [肩の力を抜いて読書したいときに]


「アッコちゃんの時代」 林真理子 新潮社 2005年

林真理子を久しぶりに読んだ。
林真理子氏の作品を、というよりも、この本を読んでみたいと
思ったというほうが正しい言い方かもしれない。
週刊新潮に2004年から半年あまり掲載されていたこの作品だが、
その頃から気にはなっていて、単行本化されたら読んでみたいと思っていた。

なぜか?
それはあの狂乱の時代といわれたバブリーな時代の渦中にいた女性を
描いたものだったから。

その頃、私はその狂乱を離れたところから傍観していたような気がする。

少し生まれが早ければ、あるいは家庭環境や性格が違っていたら、
あの渦の中にいたの「かも」しれない。

その「かも」しれない、という思いと、その時代に生きていながら
やはり渦の中には巻き込まれなかったし、
巻き込まれたいとも思わなかった自分の若き日々を思いつつ、
読んでみたいと思ったのだ。

高級レストランで女子大生が年上の彼氏に連れられて出入りし、
ブランド物を身につけ、なりゆきで妻子ある人とも付き合ってしまう。

そんな時代を、「アッコちゃん」という伝説化した女性の20年ばかりを通して
描いている。

これが本当にあったことなら、私は同じ時代をそれほどかけはなれていない年齢で
生きながらも全く異なった価値観と生活を送っていたことになる。

主人公は女性だから、「女」としての生き方という特性もある。
それにしても、その女性を囲む男たちの「金さえあれば」「顔が広ければ」という
ギラギラした欲望は、私には無縁だったので、それらの描写は新鮮でさえある。

それにしても、主人公を攻めるわけではないけれど、すべて周りのせい、と
言いきれる生き方、それで生き抜ける存在というのは私の想像を絶する。

最後に、主人公は
「いつまで続くかわからないけど、だらだらこのままでいようと思って」
とさらりと言ってのける。

流される生き方・・・確かに、それが一番この日本では生きやすいし、
楽な生き方なのかもしれない。

何もかも人のせい。何もかも、周りのせい。自分は流れに流されただけ。
ただ、彼女には、結局何も残らなかったのではないか。
本当は大切な存在であるはずのものでさえ、彼女はそれほど頓着しない。

やはり、私は傍観者でよかったのかもしれない、とあの時代を振り返って思うのだ。
さて、今の時代はこれから20年後にはどう描かれる時代になるのだろう?

<Amazon.co.jp へのリンク>
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アッコちゃんの時代

アッコちゃんの時代

  • 作者: 林 真理子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/08/30
  • メディア: 単行本


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数学って面白い?「対談 数学大明神」 安野光雅・森毅 [肩の力を抜いて読書したいときに]

「対談 数学大明神」 安野光雅・森毅 新潮文庫 1986年

理系つながり、ということで・・・この作品。

この二人の対談、ありとあらゆる方向に飛ぶから面白い。
数学という枠にはまりきらず、哲学や習慣、傾向や文化、いろんな事柄に
どんどん話が展開する。

そもそも、0から10までの数字をネタにこれだけの話ができるとは、
やはり数字だけで乗り切れるものではない。

ただ、そうは言いながら各数字の意味するもの、図形のヒミツに迫っていて
大変面白い。時間があれば、自分でも証明にトライしてみたくなる。つい、だけれど。
実際やったら大変なことだ。

ただ、今、数学を教科としてだけ見るのではなく、ものを考えるヒントとして、
あるいは哲学、文化として捉えるこの全方向的な対談は、いろんなものを
心と頭に残してくれる。

一度読んで損はない。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

対談 数学大明神

対談 数学大明神

  • 作者: 安野 光雅, 森 毅
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/06
  • メディア: 文庫


対談 数学大明神

対談 数学大明神

  • 作者: 森 毅, 安野 光雅
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1992/05
  • メディア: 文庫


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007登場!「カジノ・ロワイヤル」 イアン・フレミング [肩の力を抜いて読書したいときに]


「007 カジノ・ロワイヤル」イアン・フレミング 井上一夫訳 創元推理文庫
1963年初版 2006年新版

新作の映画を見てから、原作を読んでみた。

昔のシリーズはTVで、5代目ボンドのピアース・ブロスナンあたりからは
映画館でも見ていたと思う。

それにしても、やはりジェームズ・ボンドのイメージは初代のショーン・コネリーや
3代目のロジャー・ムーアのイメージが強い。
TVで昔何度も見ていた刷り込みなのか、ああいうクセのあるイメージが
ジェームズ・ボンドだと思い込んでいたのかもしれない。

原作、それも初めてイアン・フレミングの手によって生み出された英国諜報機関のスパイ、
ジェームス・ボンドを初めて登場させたのがこの「カジノ・ロワイヤル」である。

原作ではバカラというカードゲームで敵国のテロ資金の一端を絶つ、
というのが大きな目的となる。
それだけに、ゲームそのものの説明、そしてテーブルに付いた敵を含めた大金持ち達の様子、
カジノ、それもセレブのためだけのゲーム室の様子が詳しく描かれている。

私達とはかけ離れた世界だけに、興味深い。

そして、そのバーでボンドの愛飲するオリジナル・マティーニのレシピも紹介されている。
ゴードンのジンを3、ウォッカ1、キナ・リレのベルモットを2分の1の割合で、
氷のように冷たくシェイクして、レモンの皮を薄く、大きく切ったものを乗せる。
こうした飲み物や、食べ物(キャビアとたくさんのトースト)の描写が
案外しっかり書かれているのが楽しい。

さらに、アクションももちろんあるのだが、ボンドのこの時の任務が
運と心理戦であるカードゲームに勝つこと、というのがおもしろい。
さらに、任務と女性に関する興味をバランスよく自分のエネルギーと魅力に変えてしまう
ところも、原作で言葉という媒体で読んでみるとまた違ったボンドの姿が見えてくる。

クールでタフガイ、女性の扱いも一級で・・・というセクシーなボンド像よりも、
原作のクールな中に情熱を秘めている感情を意識的に抑えたイメージは、
今回の映画で登場した新しい6代目ボンドであるダニエル・クレイグにぴったりなのかもしれない。

時代に合わせて、あるいは映画の製作者の意向でかなり原作と変わっている。

バカラはポーカーに、そして最後の愛する女性との別れも。

いずれにしても、映画も原作も、娯楽という枠を少しずつはみだして、
そのはみ出した部分が味わい深いのだといえよう。

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007/カジノ・ロワイヤル 【新版】

007/カジノ・ロワイヤル 【新版】

  • 作者: イアン・フレミング
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2006/06/27
  • メディア: 文庫


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今更ですが・・・「夜のピクニック」 恩田陸 [肩の力を抜いて読書したいときに]


「夜のピクニック」 恩田陸著 2004年7月初版 新潮社

今更、とは思ったものの、やはり読んでみることにした。
やっと図書館の順番が回ってきたというのが正しいかもしれない。

この作品はもう多くの皆さんが読んだり概要を聞いたりしているのではあると思うのだが、
毎年全学年が夜間歩行をする慣習のある高校の、ある高校3年生たちのいわば
青春群像小説である。

まず、頭に浮かんだのは著者の恩田氏の出身大学でも同じことをしているということ。
早稲田から本庄というルートのどこに魅力があるのかはわからないが、
結構参加者があると私が学生時代には聞いていた。著者も参加したことがあるのかもしれない。
他の大学でも都内にある学部からちょっと離れた分校又は本校まで夜間歩き通す、というのは
よく聞く話だし、会社でも新入社員と社長が富士山に登る、というならわしがあるというところも
聞く。(確か某有名広告代理店だ)

高校でこういう慣習があるとどうなるのだろうか、ということを書いたのがこの作品だ。

私は高校が共学でなかったので、恋愛がらみの「告白」などのスリルはわからないが、
こういう「脱・日常」の場面ではチャンスであろうことはよくわかる。

そして、主人公の一人は、高3の最後の夜間歩行にある「賭け」をするのだ。
しかし、その場に思惑を抱えていたのは彼女だけではなかった。
いろいろな思いが交錯する。
恋愛、友情、語られてこなかった過去の真実。
そして、体が極限まで疲れ果てたときに吐き出されるのが「本音」だ。
それがどんなものなのか。
美しいのか、醜いのか。
救われるのか、玉砕するのか。

この作品が多くの本屋の店員さんに選ばれたのは、この作品の精緻な心理描写と、
最後の何重もの友情に支えられた上での爽やかな結末あってこそなのだと思う。

ところで、私の本音をいえば、登場人物たちは高校生にしては冷めている。
みんな出来すぎていると思う。進学校なのだから、みんな精神レベルも高いというところか?
私の高校時代を思い返すと、もっと混沌としていた。

確かに、こうした夜間歩行も、遠泳もラッキーなことになかった私の母校でも、
体育祭と文化祭は異常と思えるほどもりあがった。
それは、きっと保護者はじめ大人たちにはわからないほどのエネルギーだったと思う。
理性を超えて、混沌としたエネルギーの発散と集中がそこにあったと思う。

この作品では、主人公の人生のキーでもある生い立ちに関わるということをのぞけば、
全体が実にクールであり、登場人物はみな思いやりもあり、まるで大人である。
いや、大人以上かもしれない。
一部の漫画にあるように、それは高校時代のぐちゃぐちゃしたよくわからない感情のもつれとか、
勉強とクラブのバランスとか、学校ぎらいとか、先生への反発や無視などを超越して、
実にクールだ。

それがきっと、若い世代と、それを振り返る大人たちにも受けたのだろうし、
一般の書店の店員さんに「面白い、売れる」と思わせたのだろう。
それとも今の高校生はみんなそうなのだろうか?

もし、皆さんがこういう高校にたまたま在学していたとしたら?

どんな夜間歩行を誰として、どんな話をするのだろう。

私はおそらく、実行委員をしているだろう・・・と思う。
そして、借りる学校との折衝や、チェックポイントの仕事をしたり、
歩けなくなった学生を「回収」するバスに乗って救護をしながら慰めたりしているのだろう、と
なぜか思うのだ。

そうそう、以前ご紹介した「図書館の海」の中の予告編「ピクニックの準備」
http://blog.so-net.ne.jp/bookcafe-niraikanai/2006-05-28)を再度確認してみても
面白いかもしれない。
主人公の覚悟のほどが伝わってくるというものだ。

<Amazon.co.jp へのリンク>
※読みたいけれど図書館で借りたり本屋で探す時間の無い方はご利用ください。

夜のピクニック

夜のピクニック

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/07/31
  • メディア: 単行本


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映画鑑賞後読みました 「間宮兄弟」 [肩の力を抜いて読書したいときに]


「間宮兄弟」 江國香織 2004年10月初版 小学館

最初に映画のほうを観てしまった。(というわけで写真は映画のパンフ)
大抵は、先に本を読んでからにするのだが、今回はタイミングもあって、映画を先に観た。
映画自体もおもしろかった。
特に破綻はなかったし、最後まで楽しんで、そしてちょっと寂しかったりこれからどうなる?と
思いつつも、あれはあれでいいんだろう、と思いながら上映室を後にした。

さて・・・。
原作を読んでみた。
江國香織氏のイメージは読書歴によってそれぞれなのだろうが、案外映画は原作に忠実であり、
原作もさらりと「兄弟」の日々を綴っていた。
「原作はもっと毒があったりして・・・」とちょっと引けていた腰は単なる杞憂に終わった。

映画、原作ともにまだ接点のない方にさらりとこの作品を説明するとすれば・・・
30を過ぎても折り合い・・・というか、おとなしめの子供のケンカのようなものはありながら、
一緒に仲良しの友人のように暮らしている兄弟の話である。

もちろん、いろいろなイベントはある。
女性に対しあきらめ気味の兄に対し、弟はまだ情熱をもっているし、それを兄に対しても
薦めようとあれこれと試みてもみる。
しかし、二人にとっての大切な価値観のレベルとしては、結婚とか、
女性とつきあうということよりももっと高い、大切なものが・・・
そう、しかも二人で共有しているものがあるらしい。

映画との比較の中でやはり気になったのは兄のほうだった。

この兄、ビール製造会社の経理又は総務のようなことをしているのだが、
映画では結構会社の中での社会性はバッチリあり、適応しているように描かれている。
ぜんぜん「変わって」いない。
(念のため。「変わっている」とはここではけなし言葉ではない)

それなのになんであんな強引な先輩に引きずられ、いつも飲みにいったり、
時には「なんでそこまで?」というプライベートなことまで手伝わされていたのか。

それは、やはり原作の中で明らかになる。
映画ではそういう場面はいまひとつ出てこないのだ。
私は映画を見る限り何故ガールフレンドの一人くらいいないのかわからないこの兄の、
それまでの経過や敬遠される理由を原作にこそ見出したわけだ。
(佐々木蔵之介だし?)
さらに、ファッションももっと原作に忠実なら・・・
映画では、ちょっと兄は通勤服がびしっと似合ってしまっているのだ。
だから、原作の微妙なアンバランスさ、奇妙さは現れていない。

母が中島みゆきだった、というのはなんだか本を読むとさらに納得がいく。
素の彼女ではなく(ご存知の方、ここで笑?)、彼女が作り出す「こんなお母さんがいたらなあ」
というイメージが、たとえば鳩居堂の「あたしがいつもつかってた便箋」などという表現から、
ははあ、こんなことをさらりと嫌味でなく言えるイメージの女優さんは確かにそうは居まい、
と思わせるのである。

さらに。
原作の中に限って何かを見出すとすれば、それはやはり「どういう生き方でもOKなのでは
ないか?」ということだ。
最近、そういう本にたまたま多く出会っているような気もするが、
それが時代のニーズなのかもしれない。

30歳過ぎて兄弟二人で楽しく暮らしていようが、母の誕生日や帰省時のルールがあろうが、
女性が苦手だけれどちょっとあきらめられなかったりしようが、誰にも迷惑などかけていない。

本人達が本当にまっとうで、楽しく豊かな日々を送っていれば、それでいいのではないか、と。
もちろん、原作ではその楽しさの影にある心の表情も描かれている。
しかし、それよりも彼らの生活を支えている楽しい決まりごとや遊び、読んでいる本、
聴いている音楽等、いずれも「ああ、わかる、わかる」とうなづかずにはいられない詳細まで
人物像を書き上げている著者には相変わらず頭が下がる。

どこかにいそうだ、間宮兄弟。

最後に・・・この作品がなんと「女性セブン」に連載されていたことを初めて知った。
実はこの本を読んでいて一番驚いたのはそのことだったかもしれない。

<Amazon.co.jp へのリンク>
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間宮兄弟

間宮兄弟

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2004/09/29
  • メディア: 単行本


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恩田陸デビュー10周年記念短編集?「図書室の海」 [肩の力を抜いて読書したいときに]


「図書室の海」 恩田陸作 新潮文庫 2005年

この文庫には、10編の短編が収録されている。
初出は1995から2000年、そしてタイトルになっている作品は
2002年にこの短編集のために書き下ろされている。

この10編の作品達の多くは、後日の長編、又は別の物語のよく言えばエピローグ、
ぶっちゃけた話としては予告編または番外編(作者談)となっている。
それは、特に「ピクニックの準備」(私は本編は未読で立ち読み程度)でははっきりと
著者本人から「『夜のピクニック』の予告編」と名唄われていて、
ここまであっけらかんとなるとまたそれもいいのだろうか、という気になる。

デビュー10年目としての短編集として、あえてこういうものを出した、
というのは読者へのサービスなのか、自分の作品の流れを確認するためなのか、
担当編集者の思惑なのか。
いずれにしても、これを借りたのではなく買ってしまったとしたら、
少々しょんぼりするところかもしれない。
しかも、文庫でなく、ハードカバーで。
熱烈なファンだったら、そうでもないのだろうか?微妙な気持ちがする。

ただ、恩田氏についてあまり詳しくない新参者(私を含め)にとっては、
良いガイド的存在にはなるかもしれない。
そうやって割り切って読めば、次にどれを読んでみようかとか、
この路線はいかがなものかとか、あたりはつけやすくなる。

このところ、たまたま短編集、しかも女性作家のものを続けて読んだので、
ついそれと比べて辛口になってしまうのは勘弁願いたい。
キャリアも違うし、短編に対する姿勢もそれぞれ違うのだ。

それにしても、タイトルになっている「図書室の海」は、あの「六番目の小夜子」
(これはこのブログでもご紹介済http://blog.so-net.ne.jp/bookcafe-niraikanai/2006-02-04
にとって、どんな意味を持つのかな、とふと思った。

「小夜子」という存在の意味を深める、というよりは、誰を小夜子に指名するのか、
というところに焦点は合わせられているのかもしれない。
一番大きいことは、「小夜子」を読んだときにあるブロガーさんがこの本の存在を
教えてくれたように、最初から本編に入ったのではわからない
「鍵を渡すだけの小夜子」がいる、という事実を知ることができるという点だ。

「小夜子」本編が98年作、このタイトル作が2002年の書き下ろしで、
「小夜子」の文庫化も2002年であったことを考えると、ややこのタイトル作が
本編のフォロー的役割を果たしている可能性もある。
(それは本編から読みきれなかった自分の負け惜しみかもしれない)

そういったことをすべて考慮外にすれば、私自身、高校時代の古い図書室は
やはり好きなスペースであり、その中でもお気に入りのコーナーがあった。
だから、「図書館の海」のイメージは、単独で読んでも悪い感じはしない。

私のそれは、岩波のアーサー・ランサムの全集などに取り囲まれた奥まった一角で、
調べ物だけしかしない人や図書室にあまり興味のない人には
わからないような場所だったかもしれない。

4人掛けくらいの重そうなテーブルと、ぎしぎし言う木の床。
角なので、両側に小さな窓がついていた、と思うが、なにやら薄暗いスペースだった。
そこで、一人で読んだ岩波の少年向け作品のシリーズの数々、ちょっとした調べものや
宿題を片付けたこと、仲のよかった友人とのとりとめない小声での語らい。

「図書室の海」は、「小夜子」の番外編としてではなく、そんなことを私に思い出させてくれた、
という意味で懐かしさを感じる作品であった。

私達が卒業する年、その図書室は全面改築され、まったく見知らぬ空間となった。
在学生は新しい図書室をとても喜んでいるようだった。確かに今までがボロすぎたのだ。
しかし、内容物は入れ物に負けず、ボロであっても
今も私の読書の基礎になってくれている本たちだったことに変わりはない。
図書室の学校内の位置も変わり、窓からの景色も変わった。

高校時代の私が今にも傾きそうな図書室の一角で過ごした本との時間は、
永遠に、記憶の中だけに葬られている。

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図書室の海

図書室の海

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/06
  • メディア: 文庫


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ラブリーな双子のラブリーな物語 「小春日和」 野中柊 [肩の力を抜いて読書したいときに]


「小春日和」 野中柊 作 青山出版社 2001年7月初版

読者の中に双子の方はいらっしゃるであろうか?
私はそうではないのが、小学生時代に三つ子の友人がいた。
その友人は2人は一卵性でそっくりだったが、もうひとりは同性だが全く違う体型、
顔つきをしていた。

その三人はほとんどいつも色違いの服、色違いの靴を履いていて、小学生の私は
「同じもので3色違うものを探すのは大変だろうな」とか「一度に3人分買うのは大変だろうな」と
子供らしいような、一方子供らしからぬ経済的な苦労さえ感じていたのだ。
しかし実際、その一卵性のほうの二人も、よく見れば表情も違い、性格も違うので
少し仲良くなればどちらがどちらなのかわかるのであった。

さて、こんな前置きをしたのは今回ご紹介する作品が一卵性の双子の少女たちを
主人公にした話であるからだ。

物語の冒頭では、双子であることを否定するような描写があるのだが、
あとに続く子供時代の話はなんだかほのぼのしている。

物語は双子の妹、日和の視点で書かれていく。

双子であるということ以外はごく普通に過ごしている小学生なのだが、
ちょっとエキセントリックな母、慎重な父、ボーイフレンドの家でほとんどを過ごしている祖母と
そのボーイフレンドの老人、およびその家の犬に囲まれ、双子たちは祖母の家のある
逗子というちょっとうらやましい環境で過ごしている。

そんな二人に弟ができる。
妊娠中の母は食べ物の好みだけでなく、行動まで急に「妊娠のせい」で変化し、
数本立ての名画を足しげく見に通うようになる。
(このへんの変化が実におもしろいのだが、妊娠するとそういうものなのだろうか?)
その名画の中で見たフレッド・アステアの話から転じて、なんと双子たちは
タップダンスを習いに行くことになるのだ。

このことがこの双子の姉妹に引き起こす様々な変化、そしてそれを背景に
「やはり双子でも意見は違うのだ」ということをなんとなく控えめに語る妹の言葉によって
物語は綴られていく。

ザ・ピーナッツの解散の話など、少々レトロな話題も出てきて、
当時を知る人にはそれなりに楽しいし、若い人にもそれは新鮮に受け取ってもらえるだろう。

そして、小学生時代の小さな物語が終わって冒頭のコメントに戻ってみると、
いろんなことを想像させる。

きっとこの物語の後に、書かれていないいろんなことがこの双子の少女たちに起こったのだろう。
そして、それらの事々は冒頭のコメントに集約されていく。

いったいどんなことが・・・と考える余白をあえて残したことも味があるなあ、
と個人的には思うのである。

短い小さな物語ではあるが、「個人」というものを考えるちょっとしたきっかけになる、
チャーミングな作品であった。

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小春日和

小春日和

  • 作者: 野中 柊
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/03/17
  • メディア: 文庫


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